ゆめと うつつと まぼろしと とわの ものがたり
夢と現と幻と永久の物語
〜壱拾弐 幻灯に霞むは桃源の舞〜
桜は弔いの花でもある。
かつて、死した者を弔うべくたくさんの桜が植えられた事もあった。
桜の大木の根元には死者が眠ると言う。
桃色の咲き乱れし花々は慰霊の花。
風に乗り花びらたちが舞うは鎮魂の舞。
そして、それを見ゆるは、いつ朽ちたとも知れぬ屍ども。
その日、見事な満月に照らされた夜桜を見に、彼女は桜並木へと来た。
彼女の、はっとするような美貌は、暖かな陽光の下より、冷たい月光の下の方が映える。
美しくも、どこか冷たさを感じさせた。
真円の月と桜を肴に彼女は杯を傾けた。
周りを見れば他にも桜を見に来ていた集団がいた。
彼らは白い、薄地の着物を纏い、舞を舞っている。
力強く大地を踏みしめる猛々しい舞。風に舞う花びらのような儚くも美しい舞。
静と動の入り混じったそれぞれの舞がひとつの舞になる。
よく見れば集団には人間でないモノも混ざっていた。
月明かりに照らされ、妖しく咲き乱れる桜の花。
その下で繰り広げられる、妖艶の宴。
そんな彼らを見て、彼女はふっ笑った。
桜に魅せられて出てきたのは自分だけではない。
それに、元々は彼らのために咲いている桜。
このような見事な夜に、冷たい地の底からただ見ているだけでは物足りなかったのだろう。
夜の帳が下りたこの一時くらいは彼らもこうして楽しみたかったのだろう。
彼女は彼らにも酒を振舞おうと、舞の集団に混ざった。
最初は彼らも突然の彼女の来訪に戸惑っていた。
「構わん。よいものを見させてもらった礼だ。」
そう言って彼女の差し出した酒のおかげで、ようやく緊張が解けたようだ。
次々と杯を傾け、また舞を舞い始める。
一体どれくらいそうしていたのだろう。
ザァァ…。
不意に風が吹き、桜の花びらを舞い散らせる。
夜空を見上げれば、いつの間にか月がずいぶんと地平線近くまで傾いている。
舞い踊る集団も唐突に静まり返った。
この宴も終わらねばならないときが来たのだ。
彼らは静々と塒へと還って行った。
彼女もまた、あるべき処へと還らねばならない。
彼ら同様、この空と時間の元にはあるべき身ではないから。
肩越しに振り返る。
桜の園は、先ほどまでの宴などなかったかのように静まり返っている。
舞い散った薄桃色の花びらが大地に敷かれていた。
それを見て彼女は思った。
桜は、花が散った後でも彼らを慰めるのだな、と。
春の霞に咲き誇る桜。
そんな桜たちもやがては散りゆく。
いかに栄華を極めようとも、いずれ滅びゆく。
〜壱拾弐 幻灯に霞むは桃源の舞〜 終わり
2005/04/30