〜参 本の館〜
ただ、そこには全くの別の世界が広がっていた。
何時の頃から存在するのか誰も知らないその空間。何時の頃から並べられているの誰も知らない数知れない本。
そして、何時の頃から時を刻み続けているのか誰も知らない大時計。
その空間の空気はさまざまな刻の空気が混ざり合ってできた。この空間に入ってくる者が連れて来た空気が
これまでの空気と混ざり合いできた。この空間の空気はどの刻の空気とも一致しない、しかしどの刻の空気も内包している。
その本たちはさまざまな時代の著者が頭を痛め、もしくは己の気持ち、考え、想いを書き綴った本である。
その本はその著者を映し出す鏡のようなもの。
その大時計はさまざまな来訪者を迎え、その者の為に時を知らせてきた。
その大時計の螺子をまわす者はおらず、それでも、時計は振り子を振り、時を刻む。
彼らの創り出すその空間は不思議な雰囲気を持ち、彼らのどれかひとつでも欠けるとこの空間は成り立たない、そんな存在感を彼らは持っていた。
…ギイィ…。
扉がきしんだ音を立てて開く。
今また新たな来訪者がこの空間にやってくる。
空気は今入り込んでくる新たな空気を交え、新たなこの空間の空気を創り出す。
本たちは、自分のページがめくられ、己の想いをその者に語るときをただ黙って待つ。
大時計は何も変わらない。何も変わらず振り子を振るだけ。しかしそれが彼の存在意義であり、彼の存在を知らしめる事でもある。
「いつ来てもここは静かね。それに雰囲気も静か…。」
まるでその静かな雰囲気をぶち壊さんかのようなマナの明るい声があがる。
「ねえ、もうちょっと静かにしようよ…」
雰囲気をぶち壊されないように深弥伽がおずおずと言った。
しかしそんな深弥伽の一言などマナの雰囲気とこの館の雰囲気にかき消されてしまった。
この館にある本は実に膨大な数である。ヒトの一生を費やしたとしても読みきれる数ではないだろう。
例え一生の間に読みきれたとしてもおそらく始めに読んだ本は忘れてしまうかもしれない。
あたかも世界中のこれまでの歴史の中で書かれた本が全てこの館に集まっているかのように思えてしまう数だ。
何故かここには外やほかの建物では良く見かける小さき者たちの姿はない。この館の雰囲気ゆえか、
なにか彼らを寄せ付けないモノでもあるのか。
元よりヒトに存在を知られていないこの館はそのためヒトの世の物でありながら静寂が館を支配する、全く異質の空間であるかのように思える。
さすがのマナも本を読むときは静かに本を読む。しかし長続きはしない…。すぐに別の本を読み出す。
「ねえ、この字はなんて読むの?」
一人、本を読む深弥伽の元へ度々暇つぶしに訪れたりしてマナはこの館での時間を過ごす。
退屈する事が好きでないマナだが、この館は嫌いではないようで、よく深弥伽が本を読みに行くときはついて来る。
その時も深弥伽を探して館を歩いていた。
ふと、窓から外を見ようとする。丁度窓からは中庭が見え、さらにその先には向こう側の壁が見えた。
壁にはびっしりとツルが這っていた。ツルは地面から生え様々な軌跡を描きながら壁を這っていた。
そのツルはこの館の存在の永さを物語っているかのようだった。
マナが見ていると、ツルはさらに伸び始めた。途中で枝分かれしたり絡まりあったりしながら壁を這っていく。
その軌跡は何かの文様にも見えた。昔のヒトが考えた世界の、宇宙の成り立ちの図。物質を構成する奇妙な図表。
そんな絵図が現れては消え、また現れては別の絵図をツルが描いていく。それはツルが全てを知っているからできる業なのか。
いや、全てを知っているのは館の方か。ツルは館からの知識を真似ているだけ。
窓から射す夕暮れの光が眩しい。何故か今日は一度も自分の元へと来なかったマナを探して深弥伽は館を歩いていた。
どこかで眠っているのか…。まさか帰ってしまった?一人で帰ったりはしないと思うけど…。深弥伽は少し不安になった。
中庭が望める廊下でマナを見つける事ができた。予想通り眠っているようだ。
「マナ?こんなところで寝てたら風邪引くよ。」
「…え?私、寝てたの?」
目を擦りながら、マナは身を起こす。
窓から向こうを見ると夕日に照らされた壁とそこを這うツルがみえる。しかしグングンと伸びてはいないし、何かの文様を描いているようにも見えない。
さっきのは夢だったのか…。
「どうしたの?」
「…なんでもない。」
「?」
別の日。再び館に来たマナはあの時見えた側の本棚で本を読んでいた。そこの本棚は古今東西、
様々な学術、芸術的図形の書かれた本が並んでいた。
〜参 本の館〜 終わり
2001/11/17