〜五 白の閉息、青の開闢〜
全てが白に染まる。白に覆いつくさる。
空より降りゆく白い息吹により。
全てに等しく降りゆく。全てが等しく覆われる。
それは美しき情景。
全てが白に包まれる。純粋なただの真っ白に。穢れなき白に。
ただの一つの曇りもない、白に。
如何なるモノも。
コンコンと雪が降る。窓からの景色は白と灰色しかない。
「あーあ、退屈ね。どこかに出かけたいわ」
「こんな中出かけるつもり?」
「嫌よ。だから、出かけたいって言ってるんじゃない。」
パチンッと暖炉の薪は爆ぜる。
と、そこへドアをノックする音がした。どうやら来客の様だ。
深弥伽がドアを開けると(こういうとき動くのはマナでなく深弥伽だ)
そこには雪にまみれた一人の男が立っていた。
「どうも、こんにちわ。お久し振りです。」
「ああ、お久し振りです。今年も、もうそんな時期なんですね。」
「ええ、1年は早いものです。」
「こんなところで話をするのも変ですね。どうぞ、外は寒いでしょう。早く暖炉のそばへ」
「どうも。今年は雪が深い。なかなかに骨が折れます。」
奥へ行くとマナも男を出迎えた。
「こんにちわ。お久し振りね。」
「やあ、今年も、もうすぐですよ、春が来るのは…。」
彼は冬の終わり、春の訪れを告げる者。
雪に覆われ、眠る大地を起こし、目覚めを呼びかける者。
男はマナに遠慮する様に暖炉から少し離れたところに椅子を置き、腰をおろした。
「でも、とてもそうは思えないわ。まだこんなに雪が降っているのに…。」
「私が来たからといって、とたんに変わっていく訳じゃありません。
これからじょじょに変わっていくのです。」
「だんだん、暖かくなり、雪も溶けていくんですね。」
「そうです。」
男は一息ついた。
「しかし、春を嫌う者もいます。」
「え?どうして?」
「冬に住まう者達です。彼等は自分達の時間が終わる事を嫌います。
雪が深くなるのはそのためです。」
「雪で春の訪れ、あなたの来訪を邪魔するんですか?」
「そうです。」
「何故、春を呼ぶの?」
どこかの、雪深く覆われた大地。春を呼ぶ者に問い掛ける者がいた。
「この美しい白を何故消そうとするの?」
雪の深さは春を拒む強さそのもの。問い掛けは吹雪となり、荒れ狂う。
「このまま白で覆われた時間が続けば、他の生命が途絶えてしまう。
その生命を途絶えさせないため、私は春を呼ぶのだ。」
「そんな事、私には関係無い。私が生きれば良いの。
私の時間、私のための時間が続けば良いの。」
風が、世界がうねりをあげる。
「白は全てを覆う。全てを覆い隠してくれる。醜いもの。汚いもの。要らないもの。
全てを隠してくれる。なのに、何故あなたはその白を消そうとするの?」
「覆われた世界からはなにも生まれない。隠し、目を背けていてはなにも生まれない。」
「何故?何故見たくないものを隠して何が悪い。見たくないものなど見なければ良いのに。」
「負から目を背けていては強くなれない。」
「強さ?強さとは何?必要なものなの?」
「大切なものだ。生きようとする強さ。心の強さ。間違いを正せる強さ。」
「解らない。そんなもの、私には必要無い。ただ、私のための時間があればそれでいい。」
「時は巡る。例え、この白の時間が終わろうとも、いずれまた白の時間はやって来る。」
「また…?」
「そうだ。終わりは始まりでもある。この冬の時間もまたやって来るだろう。」
「嫌だ。終わりなど嫌だ。終わってしまうなんて…。この時間が終わってしまうなんて、怖い。」
「君は本当の意味での生きる強さを持っていない。全てを見るのだ。
そして、沢山の事を知るのだ。そうすれば君も強くなれる。本当の強さを得る事が出来る。」
「よく解らない…。」
「今はまだ解らなくてもいい。この時間が終わる事は、全てが終わる事ではない。
それによって始まるものもある。そして、この時間も再び始まる。」
風が少しずつ弱くなっていくのを彼は感じていた。
「全ては巡る。再び巡り来るこの時間に生きよ、白に住まう者よ。
そして今はひとたび、休むのだ。新たな始まりのために。」
そして風は止み、雲間から光が射しはじめていた。
「じゃあ、またこの時間が始まったら、会いに来てくれる?」
「ああ、再び会える、その時まで、休み、いろいろなものを得るのだ。」
「彼等は純粋です。純粋だからこそ、自分を大切にする。」
男は窓の外の雪を見ながら言った。
「だから春の訪れを拒むんです。」
「でも、春が来なかったら、雪が溶けなくて、花は咲かないし、動物も冬眠を終われないわ。」
「ええ。そのために私が彼らを説得するんです。新たな生命を息吹かせるために。
そして、彼等が再び、自分達の時間を迎えられるように。」
「僕は雪も、桜も、海も、紅葉も、季節の色々な顔が好きです。
だから、色々な季節が見られる世界が大好きです。」
「そうですね、私も四季と言うものが大好きだ。」
「さて、そろそろ、おいとましなくては…。」
男は立ちあがって、出る支度を始めた。
「もう行くんですか?」
「まだの道のりは長い。あまり休んでもいられないのです。」
「そうですか。お気をつけて。」
「ありがとう。また、来年、冬の終わりに立ち寄らせてもらいますよ。」
「ええ、お待ちしてるわ。」
男がドアを開けると、さっきまで降っていた雪がやんでいた。
「日が射してきましたね。春はもうすぐですね。」
「ええ、すぐですよ…。」
雪に閉ざされた世界が目覚めるとき、それは新たな生命の誕生の時。
始まりと終わり。生と死。時は巡り、全ては繰り返す。
〜五 白の閉息、青の開闢〜 終わり
2002/02/05