〜九 逢魔が刻〜
黄昏の刻。誰彼の刻。
日の沈む、夕暮れの時。
それは、昼の陽と、夜の陰が混在するわずかな時間。
邂逅の時間。
そして、どちらにも属さない時間。
陽と陰。
この世界を定義する大いなる2つの要因。
しかし、交わることのない、正反対の存在。
その2つが混在する不思議な時間。
マナは走っていた。夕暮れの街の中を一人、急いで走っていた。
もうすぐ深弥伽との約束の時間である。
秋の日はつるべ落とし。いつの頃からそう言われてきたのか、まさにぴったりの言葉だ。
まして、夏の感覚でいると日の落ちるのは本当に早く感じる。
いつだったか、そんなことを深弥伽が遅刻の理由にそんなことを言っていたが、
そんなことは理由にならない、と言った手前、
マナ自身がそんなことを理由にするわけにはいかなかった。
まして遅刻など、深弥伽を待たせるのはともかく、マナのプライドが許さなかった。
紺色になり始めた空に、赤い夕日。
世界は赤でなく赤紫に染められる…。
カナカナカナカナ…。
街中を抜け、木々の生い茂る道を走る。
ヒグラシが鳴いている。
日の落ちるのが早い。そして、ヒグラシ。
もう、季節は秋になろうとしている。
ふと、彼女は目の前に一人の少年が立っている事に気付いた。
辺りはもう暗くなりかけている。
少年はこっちを見ているが、その顔は夕焼けを背にしていてはっきりと分からない。
だが、その背格好はマナの唯一知っている少年にそっくりだった。
「…深…弥伽?」
でも、なんで深弥伽がこんなところに?
などと思っているとその少年はくるりと背を向け歩き始めた。
「ちょ、ちょと、どこ行くの?」
マナは慌てて少年の後を追った。
少年はマナを気にする事無くどんどん歩いて行く。
「待ちなさいよっ!」
マナは駆け足で少年を追う。
薄暗い森の中、2人の追いかけっこ。
しかし少年との距離は一向に縮まらない。
駆け足で追っているはずなのに、普通の足取りの少年に何故か追いつかない。
一体どれだけそんな追いかけっこをしていたのか…。
ふと、マナは自分がどうしてあの少年を追っているのか分からなくなってきた。
そもそも、深弥伽に見えただけで、彼が深弥伽であるという確証はない。
そんな得体の知れない少年をこんなに長い間追っていた。
何故?
「ハァ…ハァ…。」
やがてマナは息を切らしてしまった。
しかし前を見ると少年は、
そんなマナを待つかのように少し離れてこちらを向いて立っていた。
さっき深弥伽と見間違うような容姿だったが、今見ると、全然違うように見えた。
彼女は突如ゾッとした。
あれは、一体誰?
「あなたは…誰?」
マナはそう聞いた。
少年は口元を少しゆがめた。
…ような気がした。
そして…消えた。
辺りはいつのまにか、すっかり暗くなっている。
単に暗くなったので見失ったのか、本当に…。
「遅かったね、マナ。」
すっかり暗くなった中、明かりをつけた家で深弥伽が待っていた。
明かりで照らされた深弥伽の顔は、間違い無く深弥伽の顔であった。
「あなたは、深弥伽…よね。」
「え?う、うん。そうだよ。」
あの少年はなんだったのか。
誰彼の時間の邂逅。
魔と逢う。
普通ならあり得ることのない邂逅である。
しかし、そんな邂逅はひょんなことから起こり得るかもしれない。
〜九 逢魔が刻〜 終わり
2003/08/30