キレイサッパリ17分割

キレイサッパリ17分割
流れ行く とある一日の話
〜「月姫」より〜


いつまでこの日々は続くのだろう…。

「志貴様…。志貴様、朝です…。」
目を開ける。
いつもと変わらぬ俺の部屋。そして、いつもと変わらず俺を起こしに来てくれる翡翠。
「おはようございます。」
深々と挨拶をしてくれる翡翠。
「ああ、おはよう。今日もいい天気だね。」
「ええ。今日もとても…。」
そういってニコリと微笑む翡翠。

相変わらず、翡翠はよくしてくれる。ただ、料理は相変わらずダメなようだ。 今日も俺はフシギな朝食をご馳走になった。

「さて…、と。」
「もう、お出かけになるのですか?まだお時間は早いと思いますが。」
「いや、学校に行く前に行く所があるからね。」
「あ…。」
と、翡翠がやや曇った顔をする。
まあ、当然だろう。俺がどこに行くのか分かってるのだから。 翡翠の顔をみれば、彼女がどう思っているかはよく分かる。 だけど、止めはしない。
なにを言おうと、俺のこの行為を止めることはできないと分かっているから。
「翡翠、そんな顔をしないでくれ。」
「…はい。」
しばらくの沈黙。
「じゃ、ちょっと行ってくるよ。」
「はい。」
と、返事をすることくらいしか翡翠には出来ないのだろう。

俺が幼い頃を過ごした離れの屋敷。
本館が洋風なのに対してなぜか離れは和風だ。 だけど、この和風な造りが俺は好きだった。 かつて俺が過ごしていた場所。今ここにいるのは…。

スッと障子の戸を開ける。
そこにいるのは真っ赤な血の様な紅に髪を染めた秋葉だった。 着物も赤で統一されており、さながら真っ赤な鮮血を全身に浴びているようだった。 だけどその比喩もある意味正しいだろう。
「あ…。」
秋葉は俺がやってきたことに気づいたようだ。 こっちを向いて笑顔を見せる。 そして、俺に近づいてくる。
しかしそれは足で立ってこちらに歩み寄ってくるのではない。 赤ん坊のように手足で床を這うことでこちらにやってくる。
そして、彼女の笑顔は決して、俺が来たから浮かべたものではない。
食事をさせてくれる獲物が来たことを知った笑顔だ。
「あ…、あー。」
秋葉は俺の手をつかむと無造作に口にやった。 そして、俺の指に噛み付く。
ガジッ…。
「っ…。」
鈍い痛み。そして、その後にくる脱力感。
秋葉が俺の血を吸うようになってどれくらい過ぎたか。 俺のことを遠野志貴としては認識できなくても、 こうして己を満足させてくれる存在としては認識してくれるようになった。

やがて秋葉が指を口から離した。 気が済むとまた奥の方へ戻り眠りにつく。 俺は眠っている秋葉の髪をなでてから、部屋を出た。

本館へ戻る途中。突然の強風に煽られた。
「うっぷ…。」
ざあぁぁぁ…。
遠くで木の葉が風にゆれる音がした。
そちらの方を見るとあの巨木が目に入った。
「そっか、琥珀さんに挨拶してなかったな。ごめんよ、琥珀さん。」
あの巨木はあの時と変わらずただ立っているだけだった。
彼女と約束をしたあの巨木。 そこがあの人の墓標だ。
「それじゃ、行ってくるよ、琥珀さん。」

いつもと変わらぬ通学路。
ここで騒ぎが起こらなくなってどれくらいたったのだろう。大量の行方不明事件。
しかし、そんな事件ももう起こることは無い。 その原因は決して表に出ることなく、全てこの町からいなくなったのだから。
あの信号のそばのフェンスに座る純白の吸血姫も、
その姫君を追いかけてやってきた混沌も、
姫を思う気持ちに最後まで気づかなかった哀れな吸血鬼も。
そして、通学路で一緒に行こうと声をかけてくれるクラスメイトも。

いつもと変わらぬ教室の喧騒。
「よぉ、遠野。」
ああ、コイツも変わってないな。
「なんだ有彦。俺は朝からお前の顔が見たいだなんて頼んだ覚えは無いぞ。」
「あーあ、相変わらず連れねぇな。遠野は。」
「ったく、先輩も…。」
と、つい先輩を呼ぼうとしてしまった。
先輩に関しては学校の誰もが記憶から完全に消えていた。 彼女がこの学校に存在していたことを示すのは遠野志貴の記憶のみ、 と不確定なものしか、もはや残っていない。
「あ?なんか言ったか、遠野?」
「いや、なんでもないよ。」

…。
突然あんな大きな事件に巻き込まれ、その中で様々な体験をした。
俺の中に流れる退魔の血ゆえ事件に巻き込まれたというのなら、多分そうなんだろう。
だけど、その中で出会った彼女たちの事を今でも思うのは決して血のせいだとは思わない。 俺が、遠野志貴が自身で彼女らをかけがえの無いものに思ったのだ。 ほんの短い間ではあったが志貴にそう思わせるには十分だった。
そんな彼女たちももうほとんどいない。 ありがちで陳腐な言い方だが、 いなくなって、その大切さに初めて気づく。 あまりに彼女たちの存在は大きかったのだろう。

屋敷に帰り、屋敷の中を散歩してみる。
子供の頃、大きく感じたこの屋敷もいまは違った意味で広さを感じる。 あまりに広大であまりに何も無いこの屋敷。
俺の心のなかに突如あらわれた居候たちもいつのまにかいなくなり、 俺はこの屋敷同様に空っぽになってしまった心を持て余していた。 大変な事件に巻き込まれ、 日常に戻ることは望んだが、こんな結末なんて望んではいない。

俺は、いつまでこんな空虚な日々を過ごさねばならないのだろう…。


「…き…、志貴・・・。」
ん、もう朝か…?俺を起こす声がする。
「志貴。しーきー。」
…これは…。
目をあける。そこにはアルクェイドの顔があった。
「あ、やっと起きたな。」
「…あ、アルクェイド?」
俺の上に乗っかる形でアルクェイドが俺を見下ろしていた。
「なによ、その顔は。朝から私に起こしてもらえてうれしいでしょー?」
「何をいってるんだ、もうすぐ翡翠が来るんだ。こんな所を見られたらどうなると思ってるんだ。」
「あ、それなら大丈夫。」
…この場合、この後の返答は2パターンに分かれる。
1つはアルクがちょっと細工をして翡翠がここに来なくするパターン。
前にも使った手だ。そして、もう1つが…
「だって、メイドならもう来てるもん。」
…このパターンだ。
「…志貴様…。」
「あ、翡翠!おはよう!これはだな…。」
「こらー!このアーパー吸血鬼!」
…え?
窓から颯爽と青い影が現れる。
「あ、出たなシエル。」
「あなたは相変わらす遠野君の迷惑がる事しかしませんね。」
「そういうシエルこそ、いきなり窓から現れて!それこそ志貴にとっちゃ迷惑なんじゃないの!?」
「あなたこそ、どうせこの窓から入ってきたんでしょうが!」
なんで朝からみんな大集合なんだ?
「…志貴様…。」
「あらあらー、志貴さん。」
「うわ!?琥珀さん!?いつの間に!」
本当にいつの間に現れたのか、琥珀さんが部屋にいた。
「あら、私はシエルさんみたいに窓から現れたわけではありません。 しっかりそこのドアから入ってきましたよ。」
「はぁ…。」
「それにしても志貴さん。…朝からお元気ですねー。」
と、正に悪魔のような微笑みを浮かべ、やけにこの場では物騒な一言を放つ。
「うわ、琥珀さん!そんな誤解されそうなこと口走らないで下さい!」
「…志貴様…。」
「まったく、朝から騒々しいですね、非常識な。 先輩も、アルクェイドさんも何を考えているのですか。」
「あ、秋葉…。」
「だいたい兄さん、これは何ですか。そして、琥珀が今言った事はどういう意味なんですか。」
「いや、だからー、さっきのは…。」

「ああ、朝からなんだってこんな目に…。」
騒ぎも一段落して、俺は朝食をとった後、部屋に戻ってきた。
朝からあんな騒ぎだと、折角の休日でも部屋に篭りたくなる。 篭った所で、窓からの侵入者がある以上、意味は無いのだが。
と、さっそく窓から侵入者が現れた。
「にゃー」
いつもは部屋の一番日当たりのいいところにいるレンが、今部屋に入ってきたところを見るとおそらく、 朝の騒ぎの時はどこかに避難でもしていたのだろう。
「やあ、レン。おはよう。」
いつもなら挨拶をしても、フイとそのまま彼女の指定席である窓のあたりで包まってしまうのだが、
「レン?」
人間の姿になったレンがこちらを見ている。その表情は何かを心配しているようだ。
…そうか、思い出した。
彼女は夢魔であるということ。そして今日の俺の夢。
以前、彼女の命が危ぶまれたとき、 俺の夢と同調し彼女にとっての死が俺にとっての死のイメージとなってそれが具現化された。
今回はおそらく彼女にとっての不安が俺の不安となって具現化したのだろう。
レンも知っている。この日々がいずれは終わってしまう事、そして長くは続かない事を。
俺が今恐れる事。それは今回りにいるみんながいなくなること。
かけがえの無いこの時間を共有できる彼女たちがいなくなること。
「大丈夫だよ、レン。」
そう言って、レンの頭をなでてやる。
ふっと、レンの表情が柔らかいものになる。
俺はこの時間が終わるそのときまで笑っていたい。 この時間を共有してくれた彼女たちに感謝しなくてはならない。大丈夫、きっとできる。

ああ、こんな日々は、いつまで続いてくれるだろう。
願わくば、いつまでも、いつまでも続いて欲しい…。


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歌月十夜のあとのお話です。
歌月事体はアルクルートのグッドエンドと遠野ルートをちょっと体験した後の話と言う事ですが、 この話の前半、志貴の夢の部分はそれとは違います。じゃあ、どういう状況なのか。 アルクのトゥルーエンドと秋葉、翡翠のトゥルーが一緒になった感じです。 無茶です。かなり。まあ、志貴の夢ですから。 夢なら何でもアリってことで(ぉ)。夢ネタって便利だなー(笑)。
それにしても、いきなり皆がいなくなって寂しいのは分かるけど、 なんか翡翠の立場がないような…。折角どのエンディングでも 必ず最後まで残っていてくれる唯一の人なのに。ごめんよ、翡翠。
ところで…。前に書いてたハズの秋葉のSSはどーなった?? (真相:PCのデータが吹っ飛んだとき一緒に消えうせました・泣)

2003/02/04


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