魔理沙は理解していた。カードの意味を。
紅魔館という檻に囚われていたのは、他でもない彼女自身。「カゴメカゴメ」
恋のような、自分でもどうすることもできない感情にどうしていいのか迷う彼女。「恋の迷路」
紅魔館に、そして、レミリアへの想いに囚われ、新しい刻を刻めずにいるフランドールの心。「過去を刻む時計」
それは誰もが持つ、様々な自分の姿。「フォーオブアカインド」
今までずっと隠れていて、未だに出てこられない彼女の感情そのもの。「そして誰もいなくなるのか?」
だからこそ、囚われ、さ迷い隠れ続けている一人ぼっちの彼女を連れ出してやらなくてはならない。
「私を消すんだろ?お前が消えてどうする!?」
フランドールからの答えはない。ただ弾幕が執拗に魔理沙を追う。それがフランドールからの返事であるかのように。
ただ、消えろという意思だけを込めて。
「だけど私は消えてやらないぜ!?お前がしっかりと出てくるまで、いくらでも待ってやる!
もう隠れる必要はないんだ!出て来い。お前の本当の想い私に見せてみろ!」
本気の魔理沙。真正面からぶつかってくる魔理沙。今までそんな存在はいなかった。
魔理沙と話をしていると不思議な気持ちになる。この気持ちはなんだろう?
心がグチャグチャになる。でも何故だか心地いい。
お姉様を困らせたくなかったのも本当。
でも、お姉様が外に出て行くのを見ているとなんだか心がチクリとする。
この気持ちはなんだろう?なんだかとてもイヤな気持ち。
魔理沙は言う。本当の想い。
本当?本当は私も外に出たかった?
でもそんなコトしたらお姉様は困るんじゃない?
本当のわたしはどうしたいの?なにをしたかったの?
お姉様を大好きなのはだれ?わたし?
外に出たいのはだれ?わたし?
フォーオブアカインドででてきたのはだれ?わたし?
あのときわたしに語りかけてきたのはだれ?わたし?
本当のわたし?わたし?
わたし?ワタシ?
…ワタシハ、ダレ…?
周囲に、何かが弾けたような感覚が走った瞬間、魔理沙に向かっていた弾幕が掻き消え、
フランドールが姿を見せる。
ほっとして緊張を解く魔理沙だったが、異変に気づき再び身構える。
「あ…あ、あ、…ああ。」
フランドールは自分の体を抱きながら震えていた。
その初めての感情に。
今までずっと忘れていた感情に。
ずっと心の奥底に隠してきた感情に。
生きるものが持つ全ての感情に。
戸惑い、制御できず、自分を見失ったフランドールの魔力が、最後のカードを発動、否、暴走させる。
「あ…あ、あ…。あああああああああ!!!???」
―QED「495年の波紋」
絶叫。迸る魔力。ずっと押し殺してきた感情。
のけぞるフランドールからそれら全てが弾幕という形となって放出される。
波紋は際限なく広がり、波打ち、反射し、全ては相殺し合う。
このまま魔力を放出していればフランドールもこの紅魔館も、当然ここに居る魔理沙達も危険だ。
「フラーン!」
暴走する魔力、しかし魔理沙の声はフランドールには届かない。
「チッ、仕方ない。」
魔理沙は懐からカードを取り出した。
暴走しているフランドールを止めるには、ちょっとくらいの荒治療も止む無しと考えた。
「ちょっと痛いけどガマンしろよ?」
―恋符「マスタースパーク」
フランドールから溢れ出す波紋と、魔理沙から放たれた魔砲がぶつかり合う。
(フラン!)
(フラン?誰を呼んでいるの?)
それはぶつかり合う魔力と魔力の会話。
(お前に決まってるだろう!しっかりしろ!)
自分を見失ったフランドールの魔力は果てしなく高まり続けていたが、フランドール自身は弱々しかった。
(…イヤ…。もうイヤ。こんなのイヤ!)
(フラン、しっかりしろ!このまま魔力を放ち続けていては危険だ!)
(もうイヤ!こんな思いをするくらいならわたしが消える…。)
(何を言っているんだ?お前は私を消すんだったんだろ?そのときの勢いはどうした?)
(そんなの、もうどうでもいい。わたしが消えれば全部終わる。)
(バカ野郎!お前はずっと隠れたまま、そのまま消えてなくなるつもりなのか!?)
(…隠れた、まま…?)
(レミリアへの本当の想いを隠して、偽りの想いに囚われ、隠れ続けていていいのか?)
(本当の想い…。お姉様への本当の…。)
(想いを偽るな!過去の想いで止まったままの時計を動かすのは今しかないんだ!)
波紋に飲み込まれようとしていた魔砲の極光が、こんどは押し返そうとしていた。
(お前は外に出たいんじゃなかったのか?どうなんだ!?)
何度もフランドールに問いかけてきた事を再度、魔理沙は問いかける。直接、フランドールとぶつかり合いながら。
(私は、私は…。)
(今からでも遅くない。想いをブチまけちまえ!)
(私は…、外に出たい。外に出たいの。もう、一人ぼっちはイヤ!)
(それで十分だ!)
極光が波紋を突き破り、そのままフランドールを吹き飛ばす。
その魔砲の光を追いかけるように魔理沙は全速力で突っ疾(はし)る。
片手でホウキをしっかりとつかみ、もう片方の手で吹き飛んだフランドールをしっかりと抱きとめる。
フランドールは、その姿、その見た目通りの重さしかなかった。
マスタースパークの直撃でフランドールは気を失っているようだった。
「…フラン?大丈夫…なわけないか…。」
それでもフランドールは魔理沙の呼びかけに目を開けた。
「フラン?」
魔力を放出し続けていた後遺症か、魔理沙に呼ばれたフランは困惑したような顔をしていた。
「…フラン?」
「ああ、お前はフランだろ?まさか記憶喪失にでもなったりしたんじゃないだろうな?」
フルフルと首を振るフランドール。
「…フラン…。」
今までフランドールをフランと呼ぶのはレミリアしかいなかった。
魔理沙に心を乱され、しかし魔理沙にフランと呼ばれ。
自分を見失った無意識のなか、魔理沙の呼ぶ声はこの上なく心強く聞こえ、今フランを呼ぶその声はとても心地よかった。
「お姉さまに困った顔をさせたくなかった。
だから、ずっとわたしは、お姉様が外に出て行くのを見送るだけだった。」
二人は床に降りてきた。
魔力の放出。マスタースパークの直撃。フランは立ち上がる体力も気力もなかった。
そんなフランに魔理沙は膝枕をしてやっていた。
「だから、ずっとわたしも出たい、という思いを閉じ込めていた。」
ずっと昔、一度だけ外に出たいと駄々をこねたことがあった。
レミリアは困惑し、そして自分より遥かに強い魔力を持つ妹を全力で止めるしかなかった。
そのときのレミリアを思い出すと、フランは外に出たいとは言えなかった。
「お姉様を困らせるような悪いコはお姉様に相手にしてもらえないと思ったの。
だから、悪い子になっちゃいけない、って思ったの。」
なにより一人きりになる事を恐れたフラン。誰にも居なくなって欲しくない。
それなら、自分が閉じこもればいい。フランはそう考えた。
「でも…。まちがってたんだね、わたし。想いはしっかり伝えなきゃ…。」
「あぁ。確かに、想いを押し殺して、イイ子でいようってのは間違ってるな。」
魔理沙はニヤリと笑いながら言った。
「その点、私はいつも自分の思うままに行動してるからな。迷ったりする事なんて全然ないぜ。」
「そうね。魔理沙はいつも自分に正直すぎるから、少しはイイ子になりなさい。」
「そのひねくれた性格はレミィに似たものがあるわね。」
戦いが終わり、魔理沙の近くにやってきた霊夢とパチュリーは笑いながら魔理沙に声をかけた。
「なんだよ、ヒドイな。私ほどの模範的少女はそうはいないぜ?」
そんなやり取りを見ていて、フランもクスクスと笑い出す。
「でも、わたしどうすることが一番いいの?これまで通り、お姉様を見送ってればいいのかな?」
魔理沙の膝枕から身を起こしてパチュリーや霊夢を見る。
「そうね…、外に出ることをレミィがそう簡単に承諾はして…」
「いいじゃないか、外に出してやれば。」
「なっ!?魔理沙、あなた勝手な…。」
「保護者がついてれば問題ないだろ?私が保護者だ。」
「!」
これまで館のメイド達でさえ、フランの事を恐れ、そんなことを言い出す者はいなかった。
それをこの人間はあっさり言い放った。
人間と悪魔。相知れない二つの存在で、さっきまでは実際に戦っていた二人。
それなのに、魔理沙はさっきまでの事がなんでもなかったかのように、フランに手を差し伸べている。
「魔理沙…と?」
「そうだ。イヤか?」
そう問いかける魔理沙にフランはブンブンと首を振った。
「ああ、きっと楽しいぜ?」
そうか…。
パチュリーはなんとなく分かった。
魔理沙は別に妹様を救おうとか、そんな事を考えているわけではない。
ただ、自分が楽しいと思えることに妹様を誘っているだけ。相手の都合なんて二の次に。
なんて自分勝手で、自分に正直な人間。
元々人間と会う機会なんてほとんどなかったけど、こんなにも不思議な人間は初めてだ。
こんなにも容易く妹様を外に連れ出すなんて。
そんなパチュリーもまた、知識のみの日陰から、魔理沙に手を引かれ、ほんの少し外に連れ出されていた。
そのことにパチュリー本人は気づいているかどうか…。
「ねぇ、魔理沙。わたし、分からないことがあるの。」
魔理沙に向き直ってフランは問いかけた。
「あのね、わたし、ずっとお姉様が外に出て行くのを見送ってた。その時胸がチクリとするんだけど、これって何かな?」
「そりゃ、レミリアのことがうらやましかったんだな。フランも外に出たくて、それで胸がチクリと痛くなったんだな。」
「そっか、やっぱりわたしも外に出たかったんだね。」
「今度からは私が連れてってやるよ。レミリアもうやらましがるような場所にな。」
「エヘヘ、お姉様、どんな顔するかな?」
そういってフランは無邪気に笑った。
「もうひとつ聞いていい?」
「ああ、いいぜ?」
「わたし、魔理沙に「フラン」って呼ばれると、とっても嬉しいの。
でも嬉しいだけじゃなくて、とっても気持ちがよくて…。んと、んと…。」
フランは一生懸命この気持ちを表すのにちょうどよい言葉を捜している。
「お姉様に「フラン」って呼ばれた時とは違うんだけど…。よく分かんないけど、この気持ちは何かな?」
思わず霊夢とパチュリーは顔を見合わせた。
「そいつはだな…。」
そして、当の魔理沙はニヤリとして答えた。
「そいつは私では答えられないな。」
「えー?どうして?」
「ソイツの答えはフランが自分で見つけるんだ。」
「なにそれー?」
「フランがこれから生きていく中で見つけるんだ。」
それで答えが見つかったら、そのときは…、そのときはまた大変そうだなぁ…。
口を尖らせるフランを見ながら魔理沙は思うのだった。
「ふあぁぁ〜…。」
大きなあくびをしたフランは、再び魔理沙の膝枕に頭を埋めた。
「ねぇ、眠くなっちゃった。」
「そうだな、今日は私も疲れた。遊ぶのはまた今度な。」
「今日も十分遊んでもらったよ。」
「はは、そうか。まあ、今度は別のコトして遊ぼうぜ。」
「うん。…じゃあ、今日は寝させてね…。」
そういうとフランは目を閉じた。
「さて、私もいつまでもこんな格好じゃいられないからなぁ。とりあえず、フランを部屋に連れて行こう。」
魔理沙はフランを膝枕したままだ。さすがに魔理沙も疲れていた。
「と言っても、今ある妹様の部屋は地下の部屋しかないわ。」
「それはあんまりだぜ?」
「分かってる。ひとまず、空いてる客間を使いましょう。」
「ついでに私にも部屋を用意してくれないか?今日は帰るのも億劫だぜ。」
やれやれ、とパチュリーはため息をついた。
どこまでも自分勝手な人間だ。らしいと言えばらしいが…。
「じゃあ、妹様と同じ部屋で寝てるといいわ。起きたときに魔理沙が横に居れば妹様も喜ぶわ。」
「なら、そうさせてもらおうかな。」
よっ、とフランを抱え、立ち上がる魔理沙。
「私は帰るわ。神社にレミリア達もいるし。」
「事態は収まったから、さっさと帰ってくるようにレミィに伝えてもらえるかしら。」
「ウチに長々と居させるつもりもないわ。私も今日は疲れたし。」
それじゃ、と手を振り、霊夢は紅魔館を後にした。
こうして紅魔館の騒動は、永い刻の中の想いと共に終わりを迎えた。
(もう大丈夫ね。)
眠りに就いたフランに語りかけるのは、今までずっと一人ぼっちだった、過去のフランドール。
(あなたにはもう、手を引いて迷路から連れ出してくれる人がいる。)
(うん、魔理沙だけじゃない。きっとお姉様も咲夜もパチュリーも霊夢も、みんなが私の手を引いてくれる。)
(もう、昔のフランドール・スカーレットじゃないのよ。今ここにいるあなたはフラン。
魔理沙や、いろんな人達にそう呼ばれる、素敵な女の子よ。)
(フラン…。)
フランは魔理沙に呼ばれた、自分に呼ばれたその名前を噛み締めるように呟いた。
そんな様子を見てフランドールは優しく、しかし寂しそうに微笑む。
(でも…、時々でいいからフランドール・スカーレットという名前の女の子がいたことも思い出してね。)
(なにを言っているの。あなたとここでお別れなんて事はないのよ?)
(え?)
(わたしはあなた。あなたはわたし。あなたも本当のわたしなんだから、わたしたちはこれからもずっといっしょなのよ。)
フランドールから自然と涙があふれた。
(…うん。)
フランからも涙が零れていた。
(ありがとう。)
(わたしこそ、ありがとう。)
そしてフランは深い眠りに就いた。
広い紅魔館の中、魔理沙や霊夢、レミリア達と遊ぶ日々を楽しみにしながら。
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