ゆかりんのカリスマ!
紫色のぐちゃぐちゃな空
幻想郷にも夏が来た。うだるような暑い日々が続く。
しかし、そんな日々も毎日、というわけでもない。
「ふむ…。こんな曇り空だと『夏っ!』という感じがしなくて、少し物足らないな。」
「暑ければ暑いで文句言うくせに。」
博麗神社で霊夢と魔理沙は、薄い雲の広がる夏らしくない空を、
いつもよりやや涼しい風の中で見上げていた。
そして夕暮れ。
夜の帳が降りてきたことを示すように、宵闇の藍色が広がっていく。
しかしその反対側からは未だに夕日が雲を、空を、橙色に染めあげる。
その二者が混ざり合った空は紫色…。
そんな紫色の空を霊夢は一人飛んでいた。
当然かもしれないが、そんな空を飛んでいた霊夢は、
この空の色と同じ名前を持った妖怪のことを思い出していた。
「いつかの宴会騒ぎのとき、アイツは昼と夜の境界をいじってたわね…。」
あのときはそれでも昼と夜の境界がハッキリしていた。
でももし、その境界をもさらにいじってあやふやにすると…
「こんな空になるのかしらね…。」
それとは別に霊夢は、また別のことも考えていた。それはこんな夕暮れにある呼び名のことだ。
「確か…逢魔が刻って言ったっけ…。」
薄闇に覆われた夕暮れ、黄昏の時。そんな時刻を人は古くから「逢魔が刻」と呼んでいた。
普通の、幻想郷の外の人間にとって妖怪と遭遇することなどまずない。
しかしこんな薄暗い夕暮れ時は、そんな妖怪の類に遭遇する人間も稀にいる。
今の外の世界でなら大方それは、
何かの見間違いで妖怪と遭遇したと思ってしまうだけの事らしいのだが。
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」というヤツだ。
もっとも、幻想郷、特に毎日妖怪と遭遇する霊夢にとってこんな呼び名には全く意味は無い。
毎日が逢魔が刻で百鬼夜行な不思議な日々だ。
「でも、確かにこんな紫色の空なら…、アイツと遭遇したっておかしくは無いわね。」
そんなことを思いながら飛んでいると、前方になにかが浮いているのに気が付いた。
日も暮れ始め、薄暗くなってきている空。服装は朧げにしか分からないし、顔は全く分からない。
ハッキリと分かるのはシルエットのみ。
そのシルエットは日傘を差し、空中に腰掛けたもの。「彼女」以外に考えられないシルエットだ。
あまりにお約束で苦笑いしそうな展開だったが、とりあえず霊夢は目の前の彼女に声をかけようとした。
しかし、何故か霊夢から声をかけることは出来なかった。喉が張り付いてしまったかのような感覚。
「……。え?…あ……。」
目の前のアレは気軽に声をかけられる存在なのだろうか?
姿かたち、シルエットは見覚えがあるはずなのに、何故かその姿をしたモノの名前が思い当たらない…。
知っているはずなのだけど、思い出せない、そんな感覚。
いやそもそも、果たして目の前のアレは霊夢の知っている「彼女」なのだろうか。
…「彼女」?「彼女」とは誰だ?
名前すら思い出せないのは、目の前のソレが最初から全く知らない存在だったからなのではないのか。
知っているアイツだ、と思ったのは大きな間違いだったのでは…?
見覚えのある姿のモノから、急に見ず知らずのモノへと変貌した目の前の存在。
霊夢の中で、全く見知らぬ妖怪と対峙したときのような緊張感が生まれる。
「…あんた…、誰…?」
霊夢の口からようやく出た言葉はそれだけだった。
目の前の彼女はニヤリと口元を歪めた…ような気がした。
顔もハッキリ見えないのにそんなことまで分かるわけもないし、確かめようもない。
彼女はいつの間にか姿を消していた。
「アレは紫…よね…?」
おそらくスキマの奥に姿を消したのだろう、
紫がいなくなってからようやく霊夢の口から彼女の名前が出てきた。
境界をいじる紫の事。
「顔見知り」と「見知らぬモノ」との境界でもいじられていたんだろうか。
逢魔が刻。黄昏の時。
薄闇に覆われた世界は、知っているはずの「彼のモノ」すら「誰かも区別が付かない」、
誰彼(たそかれ)の時。
それは魔のモノの仕業なのかもしれない…。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ。またどこか行っていたんですか?」
マヨヒガに戻った紫は藍に出迎えられていた。
「んー?ちょっと人間をからかいにね。」
「はぁ…。」
「藍、晩御飯の用意は出来てる?」
「あ、はい。今日は冷奴がありますよ。」
そういうと藍は食卓の準備をするために家の中へ入っていった。
「ふふ、魔と遭遇するってのもなかなか楽しいものでしょ?」
先に入ってった藍を見送ると、紫は聞こえるはずの無い、先ほど遭遇した人間に語りかけるように呟いた。
「でも…。」
振り返り、余韻を楽しむかのように、既に濃い夜の色に覆われた空を見上げた。
「私でも、あんな綺麗な空にはできないわよ…。」
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少し前に、東方ポータルサイトに投稿した短編集の中のひとつです。
コレは私が以前書いた「夢と現と幻と〜」の第九話を、東方キャラでリメイクしたものです。
あの話は私としても非常に気に入っている話で、
今回、夏の夕暮れの空を見ていたら、改めてこんな話を作ってみました。
東方を知らない人のためのキャラ紹介2
・八雲 紫(妖怪)
幻想郷に住む妖怪の中でも長く生きている方になり、力も最強クラス。
あらゆる境界をいじることができる程度の能力を持つ。神隠しの主犯。
・八雲 藍(式神)
紫の式神。元はどこぞの九尾の狐。藍も力が強く、式神となった今でも、
自身で式神を使役することができるくらい(藍の式神は化け猫の「橙」)。
普段は紫の身の回りの世話をしている。
・マヨヒガ
「遠野物語」でも描かれている理想郷と呼ばれる場所。
神隠しに遭った人がここに行き着くのは紫の仕業だから…らしい。
ちなみに「夢と〜」の中ではヒグラシがないていましたが、今回は鳴いていません。
コレを発表した時期だと、ちょうどどこかの寒村と被ってしまいそうだったからです(笑)。
幻想郷は幻想が生きる場所。我々がなくしたモノが息づく場所。
ヒグラシは、夏の風物詩として夏の夕暮れに聞こえてくるとは思いますが、それでも、
聞こえる場所は減ってきました。ヒグラシの声も、いつか完全に幻想のモノとなってしまうのでしょうか?
2006/11/01