・第二話
そして放課後になった。
結局今日、香川さんは教室に現れず、休みという事になった。
そんな状況で今日果たして香川さんが約束どおりに現れるのか、ちょっと疑問だった。
屋上へは4階からさらに階段を上っていくことになる。
普段は使わないし、学校側からもみだりに近づく事は禁止されていているので人気は無い。
そんな場所だからたまにカップルの密会の場となっているらしが、今日は本当に誰もいない。
とりあえず、約束の場所にはいようと思い、僕は階段を上る。
踊り場まで上って屋上への扉がみえるようになったがやはり誰も無い。
やっぱり今日休んだ香川さんは現れないのだろうか。そんなことを考えながらも僕は再び階段を上り始めた。
しかし香川さんは一体何の話をするつもりのだろうか。
この間覗いていたことがバレていて、その事での話でもされるんだろうか?
それとも、まさか香川さんから告白でもされるとか?
なんて自分でも何を考えているのかわからないまま階段を上っていて、僕はふと気づいた。
おかしい。いくらなんでも階段が長すぎる。
「・・・え?これって…?」
顔をあげて、僕は思わず声をあげた。普段なら4,5人は並んで歩けるはずの階段の幅が今は、
人一人が上れるくらい、両手を伸ばさなくても手すりがつかめるほどにしかない。
そして階段は、いや階段だけでなく回りの壁も深い緑色になっている。
その両側の壁も階段の幅のところまで迫ってきていて、異様な威圧感と雰囲気を作り出していた。
「あ、幸喜君。もう来てたんだ。早いね。」
聞きなれた声に階段の下を見れば、踊り場には香川さんが来ていた。周りの異常にも関わらず、
彼女は普段と変わらない様子で階段を上りながら僕に話し掛けてくる。
「ちゃんと手紙の通り来てくれたんだ、うれしい。」
「香川さん!?これは一体…?」
「この階段の事?さぁ、そんなの私にも分からない。でも、ほら見て。」
香川さんが僕の後ろを指差す。振り返ると、そこにあったのは屋上への扉・・・ではなかった。
周りの壁同様、深い緑を基調にした豪華な装飾の施された扉。
決して学校の屋上への扉がこんな風になっているはずが無い。
「・・・願いの、扉?」
僕はようやく思い出した。あの美術室に飾られていた絵の事を。
「そう、願いの扉。願いを叶えてくれる扉…。」
真後ろで聞こえた声に再び振り返れば、僕のいる段のひとつしたの段にまで香川さんは来ていた。
「私、あの扉にお願いしたの。」
「願いを?あの扉の絵に!?」
つまりそれは・・・。
「響子!?どういう事!?」
そんな僕の考えを遮るかのように突然、階段の下から声がした。
下を見れば副島さんが息を切らして階段の踊り場まで上ってきたところだった。
「あら智美、やっと来たの。」
「前に言った筈よ響子、あなたは絶対に私から逃げられないのよ。それとも、今日の事は北山の計画かしら?」
ものすごいセリフを言いながら階段を上ってくる副島さん。
「覗き見してた上、人の女を取ろうとするなんで、意外と姑息なのね、北山君。」
「いや、僕はそんな.…。」
狭い階段で僕の前には香川さんがいるから僕のところまでは上って来れない副島さんだったが、
もし上ってこれるなら、今にも僕に飛び掛ってきそうな勢いで副島さんは香川さんの一段下まで上ってきた。
「違うの、智美。これは全部私のしたこと。」
「…どういう…こと?」
明らかに副島さんは動揺している。いつもと違う香川さんの雰囲気に。
香川さんは副島さんの方を向いているのでこちらからは顔が見えないが、それは僕も感じていた。
「だって、智美。あなたにはもううんざりなんだもん。」
「ふ、ふん。あなたがどう思おうとそんなの関係ないわ。私はあなたを手放さない。」
と、副島さんは厭らしい笑みを浮かべて再び口を開いた。
「響子、あなたまさか私とじゃなくて北山と付き合う気?
でもあなたの意中の彼は覗きなんてする人なのよ?そんな奴と付き合うの?」
あの時覗き見していた事はやはりバレていたようだ。しかし確かに見てはいたけど、あれは事故であって、
故意に覗こうとして覗いていたわけでは…。それより気になるのは、意中の彼なんていった事。
それはつまり、香川さんは僕に気があるって事なのか。
「…そう、それよ…。」
「え?」
「そうやってどうでもいい、余計な事ばかり周りや私に話すあなたのその性格。それにうんざりなの、私。」
呆然としている副島さんに、今度は香川さんが話はじめる。
静かな口調ではあったがさっきからの雰囲気に思わず僕まで圧される。
「あなたがどう思おうと関係ないわ。言ったでしょ。私はあなたを手放さないって。」
「智美がどうしようと、もう関係ないわ。私もお願いしたの。」
「願い!?まさか!?」
驚愕の表情でこちらを見上げる副島さん。いや、見ているのは僕ではない。
きっと僕の後ろにあるであろう、願いの扉…。
香川さんは言った。「私も」と。つまり願いを叶えたのは副島さんもそうなのだ。あの噂どおり。
そしてもうひとつ、あの不吉な噂が僕の脳裏によぎる。つまり…。
「私もお願いしたの。あなたと別れるためにほんのちょっとこうするだけの勇気をください、ってね。」
「響子!?冗談でしょ?」
「これであなたともお終い。さよなら…。」
先ほどから変わらぬ口調と雰囲気で別れを告げる香川さん。それは、また明日といった別れの言葉ではない。
「あの絵で願いを叶えたものはしばらくして死んでしまう」そんな噂が脳裏をよぎる。
そして次に起こるであろう事も予想がついた。ついたが、なぜか僕は動けなかった。
周りや香川さんの雰囲気か、なにか抗いがたいものに圧されて僕は動けなかった。
すっと伸びた香川さんの手がトンッと副島さんの体を後ろに押す。
驚愕の表情のまま副島さんは宙に浮かぶように後ろに倒れていく。
さっき僕たちが上ってきたとは思えない高さになっている階段を落下していく副島さんから、
僕は目を離せずにいた。壁しかない周囲とその高さで下は闇に溶け込んでいる。
その闇に副島さんの体が消え…。
ドンッ…。
普段聞くことの無い、重いものが高いところか落下した音がした。
「ねえ、幸喜君。」
再び香川さんは僕の方に向き直って話し掛けてきた。彼女は笑っていた。さっきと変わらぬ口調で。
まるで今副島さんとの事なんてなかったかのように。多分、副島さんと話をしているときも、
こうして笑っていたのだろう。
そして、今ごろながら気づいた。僕の呼び方が以前は「北山君」だったのに、
今日はここにいるときから「幸喜君」になっている。それもあの絵で願いを叶えたためなのか。
「確かに智美とはあんな事になっちゃってたけど、私が本当に好きなのは幸喜君なの。」
そういうと香川さんは僕に体を預けてきた。
「私は幸喜君が好き。だから幸喜君のものになりたい…。」
考えなくちゃいけないことはいくらでもあるような気がした。でも考えられなかった。
今こうして、僕の好きな香川さんが僕を好きだと言ってくれている。ならただ、それに答えればいい。
ただそれだけだ。他に何を考える必要があるだろう。
そして僕は彼女を抱きしめた。
つづく
2005/03/28