その扉の向こうに広がる景色は…
願いの扉


・第三話

 見慣れぬ部屋に僕は立っていた。
 いや、ここは部屋というよりアパートの玄関だ。…見慣れぬ?いや、そんなはずは無い。
 奥に進むと、白いレースのカーテンが大きな窓にかかった部屋に出た。 窓の先はベランダ。振り返ると二つの扉。片方は今僕が入ってきた、玄関への扉。 もう片方は寝室に続いている。まあ知っていて当然だ。…どうして?
 僕はもう片方の扉をくぐる。そこは確かに寝室だった。 ベッドには静かな寝息を立てて眠っている女の子。僕の知っている彼女だ。 ふと僕はやるべき事を思い出してサイドテーブルを見る。 そこには予め用意してあったハサミがおいてある。 右手にそれを握ると、彼女の寝息に合わせて上下する胸に向かって…振り下ろす。

 ガバッ!
 僕は跳ね起きた。ここは…僕の部屋だ。夢でみたアパートの部屋ではなく。 夢。そうあれは夢だった。しかしなんて夢を見たんだろう。 あんなことの後とはいえ、夢の中でまであんな事が起こるなんて。
 と、僕は昨日の事すらもどこまでが現実なのかわからなくなってきた。 ひょっとしたらすべて夢だったんじゃないだろうか。 響子ちゃんに(昨日「香川さん」なんて他人行儀な呼び方はやめてといわれたのでそう呼ばせてもらっている) 好きだと言われたことも。でも僕は昨日の彼女の感触を覚えている。 そしてそれが現実なら、副島さんのことも間違いなく現実である。

 教室に入ると何人かの女子が固まって泣いていた。そしてひとつの机の上には花の生けられた花瓶。 それで僕は昨日のことが間違いなく現実だった事を思い知った。
「幸喜君…。」
席に着いたところで響子ちゃんに話し掛けられた。
「昨日、智美…、階段で足を滑らせたらしくて、そのまま…。」
そこまで言うと響子ちゃんは声を詰まらせた。足を滑らせた?いや、昨日のことは事故なんかじゃない…。
 と、そのとき担任が入ってきたので、立って話しをしていた生徒も響子ちゃんも席に戻っていった。
「もうすでに君たちも知っていると思うけど…。昨日副島さんが屋上への階段で転落し死亡しました。」
そこまでいうとまた教室のあちこちですすり泣く声があがった。
「以前からあの付近にはむやみに立ち寄らないように言っていました。 今回このような事故が起こってしまったため、 これ以降はさらに厳重に周辺への立ち入りを禁じていくことが職員会議で決まりました。」
担任の話を聞いていても副島さんのことは、事故として処理されているようだ。 でも間違いない、副島さんは響子ちゃんに突き落とされたのだ。

「ねぇ、香川さん…。」
 放課後、一緒に帰る響子ちゃんに僕はどうしても副島さんの事を確かめなくちゃいけないと思い、 あえて、僕は苗字の方で呼んでみた。
「あら、幸喜君。もうそんな苗字で呼ぶなんて他人行儀な事はしないで、って言ったじゃない。 それともまだ下の名前で呼ぶのには慣れない?」
そういいながらクスクスと笑う響子ちゃん。こうして笑っている響子ちゃんを見ていると、 やはり僕の知っているこれまで通りの響子ちゃんだ。 こうしている彼女に副島さんの事を聞くのは酷な気がしてしまう。
「香が…響子ちゃん。昨日の事だけど…。」
でも、僕は事をはっきりさせなくてはいけないと思った。人が一人死んでいるのだから…。
「分かってるんだろう、響子ちゃん?昨日の副島さんのことは事故なんかじゃない。 なのに、何でみんな事故として納得してるんだ?あれは事故なんかじゃなくて…。」
君が突き落としたんだ。そう言おうとしても、いざとなるとなかなか言い出せなかった。 事実とはいえ、それは彼女の殺人を示唆する言葉なのだから。
 しかし、そんな僕をよそに響子ちゃんはクスクスと、さっきと変わらぬ様子で笑っていた。
「な、なにがおかしいんだよ!?クラスメイトが一人死んでるんだよ!?」
「ふふっ、ごめんなさい。智美が死んじゃったことは確かに悲しいわ。 でも私が可笑しいのは、幸喜君、あなたの事なの。」
「僕?」
「だって。幸喜君、意外と細かいことにこだわるんですもん。」
さっきと変わらぬ?いや、この感じ、どこかで…。
「みんなが事故として納得してるなら、それでいいじゃない? それとも、幸喜君は、智美の事をどうしても殺人事件にしたいの?」

今日の会話での響子ちゃん。副島さんの事を話していた時の彼女の様子はおかしかった。 そう、例の扉の前での様子と同じだ。
 そして、副島さんの死。このことが事故ではないとなると、 最期に会った僕たちに疑いがかかるのは当然だ。そしていずれは響子ちゃんが犯人として逮捕される…。 僕はどちらを選ぶべきなのか…。分からない、どうすれば…。でも、なんとかしなきゃ…。

そんな、誰にも相談できようもない事に悩みながら数日が過ぎた。

つづく

2005/05/10

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