・第四話
そんなある日。両親が出かけるから、という事で僕は響子ちゃんの家に遊びに行った。
響子ちゃんの部屋で、しばらくは笑いながら会話をしていた。けど、そのうち会話も途切れる。
そして、お互いの視界にはお互いしか見えなくなり…
彼女が体を預けてくるのと、僕が彼女を抱き寄せるのとはほぼ同じタイミングだった。
ベッドから起きて服を着て、僕は部屋を出た。そして背中で部屋のドアを閉める。
振り返りドアを開け、中に入る。そこは見慣れぬ部屋だった。
いや、ここは部屋というよりアパートの玄関だ。…見慣れぬ?いや、そんなはずは無い。
奥に進むと、白いレースのカーテンが大きな窓にかかった部屋に出た。窓の先はベランダ。
振り返ると二つの扉。片方は今僕が入ってきた、玄関への扉。もう片方は寝室に続いている。
まあ知っていて当然だ。…どうして?
僕はもう片方の扉をくぐる。そこは確かに寝室だった。ベッドには静かな寝息を立てて眠っている女の子。
僕の知っている彼女だ。ふと僕はやるべき事を思い出してサイドテーブルを見る。
そこには予め用意してあったハサミがおいてある。右手にそれを握ると、
彼女の寝息に合わせて上下する胸に向かって…。
そこで僕ははっとなった。何故!?僕は何をしているんだ!?ハサミなんて握ってそれを振り下ろす!?
それではまるで目の前のこの子を、僕が殺そうとしているみたいじゃないか。
しかも目の前にいるのは響子ちゃんなのだ。その響子ちゃんを殺そうとするなんて!
…いや、響子ちゃんだから殺さなくてはいけないんじゃないか。彼女は罪を犯した。
副島さんを突き落としたのは間違いなく彼女だ。そして響子ちゃんにその事に関する罪の意識はない。
なんとかしなくては、そう考えた僕の結論がコレじゃないか。そう、躊躇する必要はない。
彼女を止めるためには仕方ない。
僕はハサミを握りなおすと再び響子ちゃんの胸めがけてハサミを振り下ろす。
凶器が彼女の胸を突く直前。突然響子ちゃんが目を覚ました。
しかしそんな急に手を止められる勢いではない。そのまま僕の握ったハサミは彼女の胸に沈み込む。
「え?」
しかし、声をあげたのは僕の方だった。いや、声をあげようとしたが、それは声にならなかった。
なぜなら僕は喉を突かれていたから。響子ちゃんの握った包丁で…。
パチパチパチ…。
場違いな拍手の音が部屋に聞こえてくる。
(いやいや、なかなか面白かったよ、君たちは…。)
(あんた、誰だ?)
部屋の入り口に立つ、拍手の主である男に声をかける。
もう僕はそちらを向くことはできないし、声を出すこともできない。
が、なぜか入り口に男が立っているのは分かったし、声に出さずとも会話もできた。
(オレかい?オレは何も知らずに死んでいくのも忍びない、と思って、
丁寧に説明してやろうと出てきた人間さ。)
(説明?なんであんたがそんな事を?)
(オレはね、この部屋で最初に、抱いた女を殺した人間。
まあ、君らの先輩に当たる人間だ。…おっと、もうオレも人間ではないけどね。)
なんてわけの分からない冗談を交えながら男は話を続ける。
(楽しかったぜ?女を殺す瞬間ってのは…。)
そう、思い出した。何年か前に、女性だけが狙われた連続殺人事件があったのだ。
それは世間をにぎわせた大きな事件だった。でもその事件は意外な形で終わった。
(そう、オレも殺されたんだ。殺した女がかろうじて息を取り留めててな、
その女にグッサリやられちまったんだ。)
犯人死亡、という形で事件は幕を閉じた。動機などさまざまな謎を残して。
(動機?そんなモノどうでもいいんだよ。オレが楽しめりゃな。楽しめりゃな…。
せっかく楽しくなってきたのに、その女のおかげで全部台無しだ!)
苛立たしげに男はまくし立てる。けどその後にはまた笑い出した。
(オレは最期にあの絵に呪いをかけてやったんだ。)
(絵?)
(そうあの絵だ。)
そういって男は手をかざす。部屋の扉は突然、見事な装飾を施された扉へと変貌した。
(願いの扉…。)
(そう。あれはオレが描いた絵なんだ。描いてるときからイロイロと込めてたからな。
ワリと簡単にできたよ。つまり…)
(この絵に願いをかけた者はやがて…死ぬ…。)
(「願いの扉」なんてタップリと偽善ぶったタイトルを付けといたからな。
ホイホイとかかってくれるヤツがいっぱいいたよ。)
僕たちもそんな一人となったわけだ。…いや、僕は違う。僕は願いなんてかけてない。
(おや覚えてないのか。ってそりゃそうか。お前さんもこの絵に願いをかけたんだぜ?)
(僕が?そんなバカな!?)
(いや、お前さんも願いをかけたのさ。あの女を殺したいって。)
(バカな!響子ちゃんと付き合ってる僕がそんな願いをかけるわけが無いだろう!)
(言い方が悪かったなか。じゃあ、こうは思わなかったか?彼女を止めたい。自分が殺される前に…。)
(…あ…。)
響子ちゃんは自分の望みのために、副島さんを躊躇なく突き落とし殺した。
その事実を知っているのは当の響子ちゃんと僕だけ。
そして僕は、事件の真相を正そうとする会話を響子ちゃんにしていた。
このままではひょっとしたら僕も殺されるかもしれない、副島さんのように。
だから僕は願った。願ってしまった。あの絵に。響子ちゃんを止めたいと。噂のことなど忘れて。
そして、その結末が…。
(君らは面白かったよ。お互いに願いの対象になってたからね。)
(だから僕たちはお互いに殺しあうことになった…。)
男は満足げにうなずいた。
(さて…。)
男はクルッと振り返り、部屋から出て行こうとした。背中越しに男が続ける。
(親切な説明はここまで。もうすでに幕の下りてる喜劇に用はない。
オレは新しい喜劇を楽しみに行くよ。)
男は僕たちに手を振り最期に
(さよなら。)
と言った。その瞬間、僕の意識は闇に落ちた…。
翌日、学校は騒然となった。突然二人の生徒が自殺をしたのだから。
しかも一人は喉を、一人は心臓を自ら刺す形で死んでいただのという…。
終わり
2005/05/10